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webペーパーおまけSS007

造花と薬瓶

 学校で作品を散々に貶された。私が撮った渾身の一枚は、他の生徒の写真に比べると明らかに見劣りしているらしい。
 講師の容赦ない講評に落ち込んだ私の脚は、自然とある場所に向かっていた。
 あそこに行けば、気持ちを落ち着けることができるから。

 電車を乗り継いでたどり着いたのは古風な民家。正確には、民家を改築してふたつの店舗を入れているところだ。
 ふたつ並んだドアのうち、左側のドアを開けて中に入る。するとそこは、棚を並べた八畳ほどの店内に、所狭しと東洋骨董が並べられている空間だ。
「こんにちわー」
 私が声をかけると、店の奥にある椅子に座っている女の人が、にこりと笑ってお辞儀をする。
「いらっしゃい。丁度お茶がはいったところなんですよ。お茶とお菓子でもいかがですか?」
「いいんですか? それじゃあいただきます」
 彼女がいそいそと立ち上がってバックヤードからスツールを取り出してくる。その間、私は店内を見ていた。
 ここに並べられている骨董品はどれもきれいだ。これを見ているとささくれた心も落ち着いてくる。
「どうぞおかけください」
 彼女の声にスツールに座ると、いつものカップに注がれたお茶と小皿に乗せられたフィナンシェを差し出された。それを受け取っていただきますをして、ゆっくりと口をつけながら彼女と話をする。
 こうやってお茶をいただきながらたわいの無い話だったり、愚痴だったりを聞いてもらうのはいつものことだった。
「あら、ずいぶんと厳しいことを言われたんですね。もしかしたら講師の人と相性が悪いのかもしれませんね」
 無理矢理私の写真を褒めることはせずに慰めてくれる彼女の言葉は心地がいい。おかげでだいぶ心が落ち着いた。
 お茶とお菓子をごちそうさまして、また店内を見る。すると、布でできた造花が目に入った。それを手に取って彼女に訊ねる。
「このお花もアンティークなんですか?」
 すると、彼女はくすくすと笑って言う。
「それはアンティークではなくて、作家さんの作品です。
 買っていってアクセサリーにする方もいらっしゃいますよ」
 その言葉に、まじまじと造花を見る。すごく繊細で幻想的な花だ。私だったらこの花をどう使うだろう。そう考えて、自分を飾るよりも部屋を飾りたいと思った。
 値段を見るとそんなに高額ではない。手の出る値段だ。これなら買っていってもいいかもしれない。
 造花の中からちいさなものを選んで手に取り、この造花を差しておくのに良さそうななにかを探す。漆器や陶器などいろいろあるけれど、目に付いたのは所々が虹色に光っているガラスの瓶だった。
 ガラスの瓶に造花をかざす。いいかもしれない。
 ガラス瓶も購入しようかと値段を見るけれども、こちらはちょっと手が出ない。でも、このガラス瓶を見てしまったらこの造花はガラス瓶に差したい。それも、新しいものではなく古いものにだ。
 とりあえず造花の会計をして難しい顔をしていると、私の気持ちを察したのか、彼女が隣を指さしながらこう言った。
「もしガラス瓶をお探しでしたら、隣の西洋骨董店にもかわいくて手頃な瓶がたくさんありますよ」
 それを聞いて、思わず彼女が指さす方を見る。
「そうなんですね。それじゃあ、ちょっと行ってみます」
 彼女に軽く頭を下げてから入り口のドアを開ける。軽く手を振ってから閉めて、隣のドアを開ける。すると中は彼女の店と似たような間取りだけれども、所狭しと西洋骨董が並べられていた。
「いらっしゃいませ。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」
 そう声をかけてきたのは店の奥にある椅子に座った男性。
 たしかに私は、こっちの店はあまり覗かない。ちょっとだけ困ったように笑って挨拶をしてから、店内を見て回る。すると、先ほどのガラス瓶のように所々虹色になったりしているちいさな瓶があった。
 値段を見ておどろく。雰囲気は先ほどの瓶に似ているのに、こっちは格段に安い。一応さっき買った造花をかざしてみて、この瓶もかわいいと確信してから瓶を手に取る。
 レジに持って行って男性に訊ねる。
「さっき、隣でこれによく似た瓶を見たんですけど、そっちはすごく高かったんですよ。でも、これは安いですよね。なんでですか?」
 私の素朴な問いに、男性は丁寧に答えてくれる。
「あちらのお店にあるものは、土の中に埋まって長い時間をかけて変質したもので、希少価値が高いんです。
 ですが、こちらは入れていた薬品が化学変化を起こしてこのようになっているので、結構ありふれているんですよね。なので安いんです」
「へぇ、そうなんですね」
 納得しながら話を聞いて、会計をしてもらう。
 似たようなものでも、こんな風に価値が変わるんだと思いながら。

 家に帰って、早速買ってきた造花と瓶を部屋に飾る。すごくすてきだ。
 そんなすてきな造花と瓶を見て胸が痛む。
 私はすてきなものをすてきに撮ることができない。そう思うと、高校時代同じ写真部だった後輩のことを思い出した。
 後輩は、実物よりもずっと迫力とリアリティのある写真を撮ることができる、いわば天才だった。
 卒業の時、その後輩から憧れていたと言われたのだけれども、後輩は私のどこに憧れていたのだろう。わからない。
 後輩のことと講評のことを思い出しながら造花と瓶を見ていると、瓶の虹色がひどく鮮やかに見えた。

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