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webペーパーおまけSS006

魔法少女でなくなって

 専門学校の入学式が終わり、帰路につく。
 私は今年から、この専門学校に通うために東京に引っ越してきた。将来写真に関わる仕事がしたくて、カメラの専門学校に入ったのだ。
 東京ではひとり暮らし。だから、家賃がそこそこ安い場所に部屋を借りているので、栄えた街にある専門学校からは少々離れた所に住みはじめた。
 部屋に帰る途中、電車に乗っていると、痴漢に遭っている高校生の女の子を見つけた。私はすぐさまにそこに歩み寄って、痴漢の腕をねじり上げる。
「おい、なにやってんだおっさん」
 私がそうすごむと、痴漢はすぐさまに反対の手を振り上げて私の頬を殴りつけた。
「なにすんだこのブス!」
 思わずその場に膝をついた私の腹に蹴りを入れてから、痴漢はちょうど駅について開いたドアから出て行く。そこにいた女の子も、怯えたように乗る車両を変えていった。
 痛む頬を抑えながら立ち上がると、おなかも痛む。電車が発車する。その揺れと痛みで急に吐き気がした。
 吐き気をこらえながら、ほんの一週間前に訪れた神社の景色を思い出す。どこまでも続く桜並木。そこにいたのは鏡のような葉をつけた枝を持った紫色の女性。かつて私を魔法少女として任命し、そしてその任を解いた人だ。
 私がまだ魔法少女で、魔法少女としてさっきの現場に立ち会ったのなら、きっともっと上手く痴漢をあしらえたのだろう。きっと、警察に突き出すこともできたはずだ。
 でも、私はもう魔法少女じゃない。なんの力もないただの一般人だ。
 ふらつく脚で電車の手すりにつかまる。周りの乗客は誰も私を気にしない。まるでなにも起こっていなかったかのように。
 そう。私もこの人達みたいに、厄介ごとには触れないのが正解なのだと思う。私はもう普通の人なのだから、下手に厄介ごとに手を出すと危険なだけなのだ。
 これからは他の人のことなど気にせずに夢を追っていけば良いのだろう。私に望まれているのはきっとそういうことだ。いつまでも人を助けるという重荷を背負うことじゃない。
 わかってる。わかっているけれど、それでも私は困っている人を放っては置けないのだろう。
 魔法少女として町の治安を守っていた六年間に、そのようになってしまったのだから。
 ああ、ねえ、でも。この街にもいるんでしょう? 魔法少女が。
 もう普通の人になった私を守ってよ。
 いつかあの街で会った、百合の花のような魔法少年のように。
 私はもう、魔法少女じゃない。

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